2007年07月15日

大洲城



大洲城は、元徳3年に伊予守護宇都宮豊房によって築かれた。 
宇都宮氏は、喜多郡一円を領し大洲(地蔵嶽)城に居城した。 

永禄2年、8代豊綱の時、土佐長曽我部氏に与して湯築城主河野氏を攻めたが、
河野氏の援軍毛利氏に攻められ降伏、宇都宮氏は滅亡した。

 天正13年、豊臣秀吉の四国征伐後、大洲城には戸田勝隆・藤堂高虎が城主となり、
慶長14年に淡路洲本から脇坂安治が53,500石を領して城主となった。 
この3城主の間に、大洲城は逐次改修され近代城郭へと変貌した。

 元和3年、脇坂氏2代安元が信濃飯田に転封となり、
伯耆米子より加藤貞泰が6万石を領して入封、
以後代々加藤氏の居城となり13代泰秋の時、以後明治を迎えた。


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